一問一答クイズ [No.30998] | |
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プロレス検定(昭和〜平成初期) より 馬場・猪木全盛時代からUWF出現以降の格闘技ブームまで、プロレスが一番熱かった時代のプロレス検定でございます。 | |
武藤敬司、海外武者修行から初の凱旋帰国。そのシリーズの最終戦でタッグで猪木と対戦し血だるまにされたが、その時の猪木のパートナーは誰? | |
制限時間 : 無制限 | |
難易度 | |
出題数 | 1218人中 |
正解数 | 409人 |
正解率 | 33.58% |
作成者 | リングの鬼 (ID:12282) |
最高連続正解数 | 0 問 |
現在の連続記録 | 0 問 ※ユーザーの方は記録が更新されます |
正解:テクニカルKO
正解:④
解説:当時、国際と協力関係にあった全日本プロレス。日本リーグ争覇戦という国際プロレス初の試みに貸し出した選手が、なんと馬場に次ぐエース級だったジャンボ鶴田であった。
正解:②
解説:いかにも昭和プロレス的な欧州紳士、ホースト・ホフマン。たしか緑のロング・タイツというレアなコスチュームだった。
正解:③
解説:高田伸彦は大宮スケートセンターでの旗揚戦に参加しているが、あくまでも新日本からの派遣であり、まだ正式入団はしていなかった。
正解:②
解説:なんとこのバトルロイヤルには前田日明(当時は、明)も出場。大仁田と前田の最初で最後の遭遇。
正解:③
解説:坂口がアトミックドロップの体勢から、猪木の股間をトップロープに打ちつけるという荒技(?)が決めてとなり、リングアウト勝ちを拾った。
正解:①
解説:昭和の大ヒールだった馬之助だが、この頃は選手大量離脱後の新日本を支える貴重な存在であった。
正解:③
解説:1988年有明コロシアムのセミで行われた高田・山崎戦。山崎がハイキックで倒れた高田にフォール勝ちしたが、打撃ダウン後のフォールという行為が疑問視された試合でもある(通常はレフェリーがダウンカウントをとる)。
正解:バズ・ソイヤー
解説:このトーナメントにはビックバン・ベイダーも出場したがソ連勢との接触はなし(すべて日本人との組み合せ)。米国代表としてとてもいい味を出していたバズ・ソイヤーはビクトル・ザンギエフに惜しくも敗れている。尚、ビガロは特別試合でサルマン・ハシミコフと対戦し秒殺された。
正解:③
解説:テリー・ファンクの子分的存在だったディック・スレーター。ファイトスタイルもテリーそっくりで、同じくファンクス一家育ちの鶴田とは同門対決といえますな。
正解:④
解説:当時、ブロディがインターナショナル王者、天龍はUNとPWFの二冠王者であった。しかし、初の三冠統一戦は両者リングアウトで決着つかず、結局年は流れ、王座もいろいろと移動し、翌年、鶴田とハンセンの間でようやく決着し、史上初の三冠王者・ジャンボ鶴田が誕生したのであります。
正解:Aブッチャー、Bアレン、SDジョーンズ組
解説:藤波・長州の仲間割れで、すっかり存在意義が薄れたブッチャー率いる黒い軍団。このシリーズから日本人対決が主流になり、外国人レスラーの影が薄くなったのであった・・・。
正解:①
解説:日本人選手数が限られていた新生UWFにおいてスマイリーは貴重な存在。当時、外国人にUWFスタイルは無理という定説があったが、それを見事に覆してみせたスマイリーは、会場人気もなかなかのものであった。
正解:③
解説:テリー・ファックというふざけた名前だが、学生プロレス時代から熟成感のあるアメリカン・プロレスを魅せていたMEN’Sテイオー。みちのく時代、テリー・ボーイの名で初めて新日本のリングに上がった時は、なんだか感動してしまいました・・・。
正解:自らリング下にエスケープして、失格
解説:当時、UWFイズムのぶつけどころが無く、既存のプロレスに辟易としていた前田。この日のイリミネーション・マッチも気合が入っていなかったのだろう、リング下に落ちたら即退場なのに、自らエスケープしてしまうという大珍事。
正解:④
解説:ハルク・ホーガンばりの黄色のコスチュームで6万数千人の前に颯爽と登場した北尾だが、あまりにしょぼいファイトスタイルに大ブーイングの嵐。ビガロの受けのうまさだけが光った一戦。
正解:タリー・プランチャード
解説:無我のスタイルは昭和ファンにとってはたまらないものがあった。旗揚げのメインがタリー・プランチャードなんて・・・。決してメジャーにはなれないが、こういうプロレスもあってもいいと思うのですね。
正解:②
解説:当時、引退状態だった大位山を引っ張り、マネージャーにミスター珍を従えた鶴見五郎。ブレイクすることはなかったが、昭和プロレスの愛すべき一つの風景である。
正解:③
解説:山本と星野はアメリカ武者修行時代にタッグ屋のヒールとして一世を風靡。当時、日本企業のヤマハが向こうで有名だったことから、この名前になったらしい。
正解:②
解説:この技がいつから「スクール・ボーイ」になったのか記憶はないが、プロレスとは強弱を争うのではない、ということを体現している決め技の一つである。
正解:②
解説:崩壊寸前のUWFインターの低迷期、新日本、WARに続き、大日本プロレスとも提携していた。その当時、突然組まれたのがブッチャー戦。試合中の高田のなんの感情もない冷たい表情が当時のやるせない状況を物語っていた。
正解:ロッキー羽田
解説:カーリーヘアの長身でちょっと日本人離れした風貌だったロッキー。しかし、ファイトスタイルはこれといって特徴が無く、いつの間にか中堅レスラーとして埋もれていったのだった(でも、そういう地味で不器用な感じが個人的に好きなのですが)。
正解:④
解説:四次元殺法と言われた初代タイガーだが、ドロップ・キックのような超基本的な技を殺人技に昇華させる説得力はただものではない。プロレス観戦歴最高のドロップ・キックである。
正解:①
解説:もうすでに故人であるが、橋本は因縁の小川直也との「負けたら即引退」と銘打たれた試合に敗北しても引退しなかった。プロレスラーの引退は死ぬ時であると、あらためて思う。
正解:佐野友飛
解説:実力者でありながら、ブレイクとまではいかなかった佐野選手。改名で人生開花とはいかなかったのか・・・
正解:②
解説:ちなみに前田のリングス戦績は51勝11敗。
正解:①
解説:素顔のパイパーはたしか入場時にバグパイプを吹いていたような気が・・・
正解:③
解説:ストロング小林、晩年の一戦。たしか、リングアウト負けではなかったか?
正解:④
解説:YOU TUBEなんかで観ると、アポロって、ええ体してますな。
正解:①
解説:この時、長州は髪の毛を伸ばしていたのですね。
正解:①
解説:プロレスファンからは不評だったが、あれはあれで味のある番組だった思うのですが・・・
正解:久保田利伸
解説:なんと久保田の超名曲バラード「MISSING」ちなみにオープニング曲はチャゲ&飛鳥の「ラプソディ」。・・・すごいチョイスです。
正解:WKA全米クルーザー級王座
解説:マーシャルアーツ系の王座って、どれだけ権威があるのか意味不明ですな・・・
正解:②
解説:藤波・・・
正解:④
解説:栗栖戦は永遠に残る名勝負
正解:③
解説:この時、猪木は珍しく白いレスリング・シューズを履いていた。レアです。
正解:④
解説:懐深いな、全日本女子
正解:②
解説:この本から「プロレスを考えること」が至上の喜びであることを知ったのですね。
正解:大熊元司
解説:大熊元司って、その辺の現場監督っぽくて素敵でしたね。
正解:宮戸成夫
解説:たしか前の興行で藤原を破った山崎が、その時点で最強という序列につき、メインに立ったのですね。
正解:④
解説:バラエティ番組で藤波夫人が「ウチのは朝からステーキだから」と赤裸々に語っておりました。
正解:②
正解:①
正解:③
正解:②
正解:ジャーマン・スープレックス・ホールド
正解:③
正解:スリーパーホールド
正解:②
正解:④
正解:リバース・インディアン・デスロック
正解:④
正解:ドロップキック
正解:④
正解:①