| 一問一答クイズ [No.50994] | |
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| 制限時間 : 無制限 | |
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| 出題数 | 167人中 |
| 正解数 | 78人 |
| 正解率 | 46.71% |
| 作成者 | k581 (ID:16169) |
| 最高連続正解数 | 0 問 |
| 現在の連続記録 | 0 問 ※ユーザーの方は記録が更新されます |
正解:②
解説:以前は4か所ありましたが、枚岡駅のホーム延長にともない、現在の3か所になりました。
正解:②
解説:新祝園発車後は、狛田、近鉄宮津、三山木の順で各駅に停車。
正解:③
解説:忍海駅(おしみえき)は、奈良県葛城市忍海にある、近鉄御所線の駅。
正解:②
解説:デボ1形は、大阪電気軌道が1914年に上本町(現・大阪上本町駅)−大軌奈良(現・近鉄奈良駅)間(現・近鉄奈良線)を開業した際に汽車製造会社(デボ1 - 15)と梅鉢鉄工場(デボ16 - 18)で合計18両が製造された、14m級3扉車である。
正解:③
正解:③
解説:但馬、箸尾、池部、佐味田川の順で停車。
正解:1,320円
正解:①
解説:阿倉川駅(あくらがわえき)は、三重県四日市市阿倉川町にある、近鉄名古屋線の駅。
正解:④
解説:千里駅(ちさとえき)は、三重県津市河芸町上野にある、近鉄名古屋線の駅。
正解:2,010円
正解:④
正解:2006年
解説:2006年3月21日実施のダイヤ変更で、準急および区間準急の定期停車駅となった。
正解:①
解説:1969年から1976年までに中間車も含め168両(事故廃車された2両を含む)、56編成が製造された。12200系は、12000系を基本としながらも、化粧室レイアウトの見直しとスナックコーナー拡大、保安度向上を盛り込んだ車両となった。スナックコーナーは第20編成まで設置されたが、営業上の問題が多く、第21編成以降は設置されなかった。
正解:①
解説:「かすが」は、かつて国鉄(分割民営化後はJR東海・JR西日本)で運行されていた急行列車(名古屋〜奈良間)の愛称。 近鉄では、他に「なにわ」「おわり」「いすず」「神風」などが愛称としてありました。 最近では観光特急「しまかぜ」が走るようになり、愛称が付いた特急が今後増えてくれるのを楽しみにしています。
正解:④
正解:④
正解:④
正解:④
正解:2
正解:④
解説:東海道編第七番より。
正解:③
解説:東海道編第十番より。
正解:③
解説:東海道編第十一番に「支線をあとに立ち返り 渡る相模の馬入川 海水浴に名を得たる 大磯見えて波涼し」とあります。馬入川は現在の相模川を指し、後半『大磯は海水浴で有名である』と謳っているので、大磯海水浴場が正解です。
正解:富士川の戦い
解説:今川と織田の戦である桶狭間の戦いは真っ先に候補から除外。 壇ノ浦の戦いでは平家は“逃げる”ではなく“滅亡している”のでこれも除外。 残る一ノ谷の戦いも源氏の奇襲で有名ですが、東海道編第十八番に「鳥の羽音に驚きし 平家の話は昔にて」とあるので、正解は富士川の戦いです。
正解:④
解説:Googleマップで測ったらそうでした() 東海道編第三十五番に「養老の 滝は今なお大垣を 三里隔てて流れたり」とあります。一里=約4kmですので、ここからも大垣より約12km離れているという事が分かります。
正解:②
解説:東海道編第六十二番に「神戸は五港の一つにて」とあります。 日米修好通商条約で開かれた5つの港を覚えていれば楽勝な問題ですね。
正解:④
解説:山陽九州編第三十番に「馬関条約結びたる 春帆楼の跡といて」とあります。 下関条約は講和の地の通称馬関をとって、馬関条約と呼ばれました。 詳しくはこちら→http://www.shunpanro.com/about/history.html
正解:④
解説:山陽九州編第三十九番に「天橋立三保の浦 この箱崎を取りそえて 三松原と呼ばれたる」とあります。三大松原もいくつかの組み合わせがありますが、どれにも粟津の松原は入っていません。
正解:③
解説:三名園と言えば「偕楽園・兼六園・後楽園」 山陽九州編第十一番に「水戸と金沢岡山と 天下に三つの公園地」と歌われています。
正解:①
解説: 山陽九州編第四十二番、四十三番で菅原道真のことについて歌われています。 それぞれをかみ砕いて言えば、 42番『千年前、太宰府はここに置かれた。祀られている菅原道真の事を話してあげよう。』 43番『醍醐天皇の初期、惜しくも左大臣の藤原時平に嫉妬され、えん罪をでっち上げられて太宰府に左遷されてしまいました。』 醍醐天皇は先代の宇多上皇に「道真を大臣に信任せよ」と言われ道真を右大臣にしましたが、それが周りの反感を買い、後々昌泰の変の原因になったともいわれています。