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 一問一答クイズ [No.11872]
  桶狭間の戦い検定 より  尾張の小大名であった織田信長の名を戦国の世に広めた戦。若き信長が大逆転劇を演じた桶狭間の戦いについて、出題します!
問題 今川義元が織田信長のいる尾張に入ったのは、元々はどこへ向かう予定だったと伝えられているでしょうか?
  1. 大阪の堺に行くため
  2. 九州に出兵するため
  3. 尾張で鷹狩りを行うため
  4. 京へ上洛するため
   
制限時間 : 無制限 ノーヒント!
難易度 初級
出題数 3470人中
正解数 3043人
正解率 87.69%正解率
作成者 よしお (ID:154)
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①岐阜県
②滋賀県
③静岡県
④九州に出兵するため
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正解:愛知県

解説:桶狭間の戦いがあったこの「桶狭間」は、現在の愛知県豊明市と名古屋市緑区有松町の2箇所に古戦場跡があります。はっきりとした場所はわかりませんが、この近辺、もしくは愛知県であると伝えられています。

①愛知県
②織田信長
③毛利新助
④服部一忠(服部小平太)
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正解:④

解説:今川義元に一番槍をついた武将は、服部一忠(服部小平太)ですが、ひざを斬られ、一番最初に義元の首をとったのは、毛利新助でした。

①木下藤吉郎(きのしたとうきちろう)
②毛利新助(もうりしんすけ)
③簗田正綱(やなだまさつな)
④簗田正綱
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正解:③

①約800人
②約18000人
③服部一忠(はっとりかずただ)
④約10000人
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正解:約3000人

解説:今川軍の戦力・約25,000人に対して、織田軍の戦力は約3000人と言われています。織田軍の奇襲攻撃により、総大将の今川義元は戦死しました。

①1467年
②1560年
③1630年
④約3000人
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正解:②

解説:桶狭間の戦いは、永禄3年5月19日(1560年6月12日)に行われた合戦です。

①掛川城(かけがわじょう)
②1543年
③知立城(ちりゅうじょう)
④岡崎城(おかざきじょう)
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正解:沓掛城(くつかけじょう)

解説:沓掛城(くつかけじょう)は、尾張国愛知郡沓掛(現在:愛知県豊明市沓掛町)にあった城です。現在は、「沓掛城址公園」として城跡が残っています。

①夜の21時頃
②夜中の3時頃
③朝の6時頃
④沓掛城(くつかけじょう)
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正解:昼の14時頃

①賤ヶ岳の戦い(しずがたけのたたかい)
②昼の14時頃
③姉川の戦い(あねがわのたたかい)
④田楽狭間の戦い(でんがくはざまのたたかい)
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正解:④

解説:今川義元が討たれた場所は桶狭間の中の「田楽狭間」と言われていることから、この名が別名となっています。

①42歳
②折敷畑の戦い(おしきばたのたたかい)
③31歳
④26歳
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正解:①

①58歳
②26歳
③32歳
④38歳
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正解:②

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以下のクイズは、戦国時代検定 〜玄人級〜より、出題しております。
説明:応仁の乱から島原の乱までを出題範囲としている為、広範囲かつ詳細な知識が必要です。我こそはと思う方は是非とも参加して下さい。
①18歳
②奈留続
③玉之浦納
④奈留盛信
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正解:③

解説:納は叛乱によって囲を自害に追い込み、嫡男の宇久盛定は平戸に逃れた。後に盛定は平戸松浦家の後援で再起し、納を討伐して自害させた。※玉之浦像は納の父、奈留続は囲の弟、奈留盛信は続の嫡男で盛定死後に叛乱を起こした。

①秀吉が物見をしていた際に伏兵を見つけた為。
②茶会で接待した際に毒を仕込んで、それを秀吉の従者が飲んで死亡した為。
③玉之浦像
④茶会で麟圭達が不注意で秀吉の茶碗を壊した為。
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正解:麟圭達が服の下に鎧を着込んでいた事が発見された為。

解説:改易後、入部してきた小早川秀包と争い一旦は和睦したが和議の席で息子の良巴と共に謀殺された。

①清水谷家
②麟圭達が服の下に鎧を着込んでいた事が発見された為。
③上冷泉家
④徳大寺家
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正解:①

解説:「浮木」などを著して有職故実に通じていた。清水谷家は西園寺支流。※冷泉家は藤原御子左流で後に上と下の二家に別れた。澤家は清原流。徳大寺家は藤原閑院流。

①朽木稙綱
②朽木元綱
③朽木宣綱
④澤家
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正解:③

解説:父は朽木元綱で宣綱自身は江戸幕府の旗本を務めた。弟の稙綱が大名に取り立てられた為、宗家と分家で家格が逆転する事態となった。

①七回
②六回
③八回
④五回
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正解:①

解説:これは先祖の宣誓書に七代もの間、謀反を起こさないという内容の為であった。反抗が頑強であったが後に重泰は暗殺された。

①白岩宗広
②溝延雄広
③吉川元綱
④郷目貞繁
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正解:④

解説:他に「羅漢図」、「芦雁図」が伝わっている。※白岩、溝延はいずれも寒河江家臣。吉川元綱の子である高基は寒河江家の当主となった。

①千々石断層に立て籠もられて撃退された為。
②反乱軍が北部に進軍した時にはすでに逃散していた為。
③朽木直綱
④幕府の援軍が早々に到着して参加を阻止した為。
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正解:①

解説:断層が天然の要害となった為、撃退に成功した。これにより、北部は南部と違い全滅を免れた。その後、反乱軍は原城に籠城して壊滅した。

①釜蓋城に籠城していた北部方を攻撃した際に挟撃を受けて味方が壊滅した為。
②唐橋在数
③東坊城和長
④中御門宣胤
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正解:②

解説:父の在治も九条家の家令を務めた。その後、1489年に死去すると子の在数は九条家の主導権を握ろうとしていた。この為、九条親子と対立して殺害された。事件後、九条親子は勅勘を受けたが1498年に解除された。ヒントの一色昭孝は別名を唐橋在通。

①黒仁田氏
②大宮時元
③三田井氏
④大河平氏
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正解:③

解説:三田井氏は大神惟基の末裔とされ、天孫降臨の伝承とも関わりがあった。戦国期は三田井親武が有名であるが豊臣秀吉が九州を平定すると高橋氏に所領を与えられ、後に讒言で三田井氏は滅んだ。ヒントの甲斐宗摂は甲斐宗運の庶子で三田井家に仕えたが高橋氏に通じて滅亡の原因を作った。

①油川信恵
②小山田信長
③勝沼信友
④穴山信風
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正解:①

解説:武田信縄の弟で兄が家督を継承すると父の信昌が信恵を当主にすることを望んだ為、内紛が勃発し信虎の代まで武田家が荒廃する原因となった。

①光永氏
②福永祐炳
③荒武宗名
④伊東祐武
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正解:②

解説:娘が伊東尹祐に嫁いで世継ぎを産んだ為、外戚として権勢を奮ったが家中から反発を買い、後に伊東祐武から殺害された。

①姉小路基綱
②姉小路勝言
③姉小路済俊
④姉小路之綱
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正解:①

解説:古河姉小路家の当主で当時、小島姉小路家・向姉小路家など国司が乱立していた。和歌に精通していた事が評価されている。※之綱は向家、勝言は小島家、済俊は孫にあたる。

①佐伯景教
②棚守房顕
③藤原興親
④長倉祐省
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正解:友田興藤

解説:興藤の滅亡後、神主家は佐伯景教の系統へと移行した。棚守房顕はそれの補佐にあたった。藤原興親は興藤の先代で死後に内紛が勃発した。


①内藤弘矩
②仁保弘有
③友田興藤
④陶弘房
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正解:②

解説:大内政弘に仕えて応仁の乱でも活躍した。肖像画自体は1465年の作品。

①杉重隆
②巨海道綱
③大河内宗綱
④吉良義尭
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正解:②

解説:他に河匂荘の代官を務めた。※宗綱は貞綱と道綱の父、吉良義尭は西条吉良家の当主、吉良持広は東条吉良家の当主。

①筒井順弘
②筒井順永
③筒井順賢
④筒井順興
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正解:②

解説:先に兄の順弘が当主となるも殺害された為、家督を相続した。※順賢・順興は子孫。

①見性寺
②吉良持広
③丈六寺
④熊谷寺
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正解:①

解説:動機は将軍擁立を巡っての確執とされる。※丈六寺は新開実綱の暗殺地。法輪寺は1582年に兵火で焼失。熊谷寺の読みはくまだにじ。

①しのぐち
②たけのくち
③しょうのこう
④法輪寺
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正解:うけのくち

解説:筌ノ口重範が大内家に仕えた、他に霊泉寺を建立した。

①祖父
②義父
③うけのくち
④曽祖父
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正解:①

解説:通直(弾正少弼)は娘婿を当主に迎えようとした為、家臣や親族から反発を受けた。

①慈照寺
②竜安寺
③清水寺
④鹿苑寺
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正解:④

解説:鹿苑寺は金閣が有名、慈照寺は銀閣、竜安寺は枯山水庭園、清水寺は舞台や音羽の滝が有名である。